タレント

デヴィ夫人から学ぶ恋愛術

自身の恋愛観について雑誌で連載を始めたデヴィ夫人

その恋愛観が今の女子達に突き刺さり、

話題となっています

デヴィ夫人から学ぶことは多数あります

デヴィ夫人が掲げる「選ばれる女」になることで、恋愛を成功させましょう

デヴィ夫人のプロフィール

「デヴィ夫人」の画像検索結果

本名・インドネシア名:ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ

旧名・日本名:根本七保子

通称:デヴィ夫人

生年月日:1940年2月6日(年齢79歳)

出身地:東京都港区西麻布

血液型:A型

身長:159 cm

職業:インドネシア国籍のタレント・株式会社デヴィーナ・ソサエティ代表取締役

出身校:三田高等学校定時制(中退)

特技:ポールダンス

 

ある意味謎に包まれたデヴィ夫人

デヴィ夫人の過去を知らない若い世代からすると、

「デヴィ夫人はただの面白いお婆ちゃん」

という感じでしょう

 

実は夫人は

日本人で唯一海外の国家元首の妻になった人です

絶世の美女で、今でもその美しさは衰えていません

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デヴィ夫人がこれまでどんな人生を歩んできたのか

まずは足跡を辿っていきましょう

 

デヴィ夫人激動の半生

デヴィ夫人と言えば河北麻友子や堀田茜などの若いタレントに負けじと

いろいろなことに挑戦するアクティブなお婆ちゃんで、

なぜか金持ちな雰囲気という印象をお持ちの方も多いのでは?

 

デヴィ夫人がテレビで活躍するようになるまでの間

どんな人生を歩んできたのかご紹介します

 

デヴィ夫人こと、根本七保子は1940年に東京都港区で生まれました

港区で生まれるなんて金持ちのお嬢様だったんだろうなと感じる方も多いかもしれませんが、

実は貧乏な家の子供でした

父親は大工でバツイチ(三人の子持ち)

七保子の母は父の再婚相手で、内職をしながら貧しい家庭を支えていました

七保子には血の繋がった弟もいました

また異母兄弟である父の子供は度々金の無心のために、家に訪ねに来たようです

 

七保子は小学生になると、

「世の中には金持ちと貧乏がいる。そして私は貧乏だ」

ということを悟ったそうです

 

17歳になった七保子は近所でも話題の美女に成長

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生命保険会社に入社し事務仕事をしながら、夜間定時制高校に通い始めます

女優か画家になりたいと思っていた七保子は、

自分で自分の人生を切り開くために、

芸能プロダクションに所属し、女優としての活動をスタートしました・

 

貧乏ながらも自分の人生を歩み始めた七保子でしたが、

就職二年目の年末、父が突然倒れそのまま亡くなりました

そして母の足も悪くなり、弟も病弱に・・

自分が家族を養うと決めた七保子は、会社員として働きながら

一流クラブのホステスとしても働くことを決意

 

当時の七保子は付き合っていた彼氏と結婚をすると思っていました

しかし彼はある日何も言わずに失踪

それっきり会うことがなくなりました

 

生命保険会社の事務職員であり、夜学の高校生、ホステス

この3つの役割をこなしてきた七保子ですが、

彼の失踪後は、ホステス1本で生きていくことを決意

 

赤坂にある外国人客がよく通うクラブで生きた英語を学びながら、

家族を養っていました

ホステスということもあり、当時かなりの稼ぎを得ていました

 

そんなある日紹介したい人がいると言われ出会ったのが、

来日中だったインドネシアのスカルノ大統領!

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大統領から

「インドネシアに遊びに来ませんか?」

という手紙を受け取った七保子は、そのままインドネシアに渡航

現地で大統領からプロポーズを受け、大統領夫人になったのです

その際に名前が、七保子からラトナ・サリ・デヴィ・スカルノに変わり、

デヴィ夫人と呼ばれるようになります

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デヴィ夫人はインドネシアで夫である大統領と幸せに暮らしていたのですが、

インドネシアの情勢が悪化

夫人は妊娠してたのですが、身の安全のために日本に帰国し出産

その後スカルノ大統領は失脚

デヴィ夫人もインドネシアへの入国を拒否され、娘を連れてフランスに亡命しました

 

そんな時旦那さんであるスカルノ大統領が、インドネシアで体調を崩し危篤状態に

デヴィ夫人は軍の命令を無視し「死んでも構わない」と、インドネシアに強制入国

大統領の元へ駆けつけます

その翌日大統領は息を引き取ったのです

デヴィ夫人は、命をかけて夫の最後の瞬間を見届けました

 

その後夫人はフランスに戻り、娘を育てるためコンサルタントの仕事につきました

 

大統領の死から10年

夫人は再びインドネシアに戻りました

その後は22歳年下のアメリカ人男性と15年間に渡り交際

彼を連れて、40年ぶりに日本で暮らすことになりました

 

日本の芸能関係者とのコネクションを持っていたこともあり、

日本のテレビ番組に出演

 

バラエティでの体当たりの姿勢が人気になり、今ではお茶の間に欠かせない存在になりました

 

知られていないですが、デヴィ夫人はこんなに激動の人生を歩んでいたのです

デヴィ夫人が語る恋愛論

デヴィ夫人は2019年に著書

選ばれる女におなりなさい デヴィ夫人の婚活論」を出版

一部の内容をご紹介すると、

「“大富豪の妻は普通の女”ってご存知かしら?」

「まずみなさんにお伝えしたいのは、「自分が選んだ男」は

大抵大間違いだということです。

だから、女性は自分から男の人を選んではいけません」

「付き合って2年以内に結婚したい」

なんていう女性の願望を耳にしますが、わたくしに言わせれば、

そんなの長すぎます! あら、わたくしですか?

わたくしのレベルともなりますと大統領との結婚は、たった2週間で決まりました」

「いつまでも白馬に乗った王子を探していたら、

あなたはどんどん年を取って婚期を逃してしまうわ。

一般的な女性が男性に求める条件は、名誉、地位、収入、ルックス、そしてセックス。

そのすべてをパーフェクトに満たしてくれる男性は、いったいどこにいるのかしら?

だったら、その中の譲れないポイントをクリアした人を見つけたら、

あとはご自分の好きなように男性をカスタムすればいいじゃない」

「選ばれる女におなりなさい」の画像検索結果

これだけ読んだだけでもハッとしてしまう内容ばかり

ついつい私達は男性を選んでしまいますが、

私達の選ぶ男性はデヴィ夫人からすると、間違い

私達は選ぶのではなく、選ばれるべきであるとの自論を展開しています

 

「ハイスペックな男から選ばれるにはどうすればいいのか」

「10カラットのダイヤをもらう方法」

など本には夫人流の恋愛ノウハウが詰まっています

確かに女性は愛すより、愛される方が綺麗になるもの

自分が選んだ相手との恋愛はしんどいですが、

相手から選ばれる恋愛は楽です

そして自分を選んでくれた男性がハイスペ男性なら・・

女性としての幸せを手に入れることができますね!

 

この本を読み、本を通して夫人から

怒られ、励まされ、勇気をもらったという女性も多いでしょう

 

恋愛について書かれた本ではありますが、

人生を生きるヒントも沢山詰まった1冊で

女性だけではなく男性にもお勧めです