スポーツ

【熱闘甲子園2018】長島三奈が復活で降板・卒業した理由は滑舌の悪さ??

甲子園ダイジェスト・ドキュメンタリー【熱闘甲子園】

2018年8月13日に長島三奈さんが出演することが分かりました。

長島三奈さんは、2013年まで【熱闘甲子園】のメインキャスターを務め、「熱闘甲子園といえば長島三奈」といわれるほどに、夏の風物詩的なものでした。

番組卒業後5年が経ち、記念すべき100回目の甲子園を迎えた2018年、一夜限りとはいえ長島三奈さんの復活は、高校野球ファンにとって嬉しいニュース!!

そこで改めて気になったのが、長島三奈さんの【熱闘甲子園】降板・卒業理由。

今回は、そちらをチェックしてみたいと思います☆

スポンサードリンク

【熱闘甲子園】に長島三奈が一夜限り復活

2018年の甲子園は記念すべき100回目として、松井秀喜さんや谷繫元信さんなど球界レジェンドによる始球式が行われるなどとても豪華。

球児たちの熱い闘いを届けている番組、【熱闘甲子園】にも開催100回の節目にふさわしいスペシャルなゲストが登場します!

2018年8月13日の【熱闘甲子園】放送に、以前キャスターをしていた長島三奈さんと北海道日本ハムファイターズの栗山英樹監督が出演。

MCに相葉雅紀さんが起用されたことでも話題になっていた【熱闘甲子園】ですが、これまでの出演者が出るとあってまた盛り上がりそうですね!!

今回の【熱闘甲子園】出演で栗山監督と7年ぶりに共演する、長島三奈さんは

「球児一人一人に温かく優しく寄り添うお姿、お言葉は当時『熱闘甲子園』に、私にも力を与えてくださいました。100回目の記念すべき夏に、再び番組をご一緒できますこと、本当にうれしく思っています。球児達の思いをしっかりと伝えられるよう、頑張ります」

とコメントしていました。

【熱闘甲子園】といえば長島三奈だった

甲子園シーズンになり、【熱闘甲子園】が放送されるようになると毎年いわれてきたのが「【熱闘甲子園】といえば長島三奈」のフレーズ。

卒業して5年が経った2018年も、例外なくいわれていましたよ。

1998年に【熱闘甲子園】キャスターに起用され、1999年と2001年~2013年の15回にわたり【熱闘甲子園】に出演してきた長島三奈さん。

甲子園だけでなく地方の大会にも赴き、高校野球にかける球児たちの姿を届けてきました。

長島三奈さん自身は聞き役になるというか、球児たち自身の言葉を凄く大切にしていて、余計なことは言わない。

解説でも、スター選手といわれる目立った存在だけにフォーカスすることがない姿勢で、【熱闘甲子園】視聴者には大変好評でした。

また、読売ジャイアンツ・長嶋茂雄終身名誉監督の次女で、1991年にテレビ朝日のスポーツ記者として活躍していたというところからも、視聴者に信頼されていたと思います。

2000年に、テレビ朝日を退社した年には【熱闘甲子園】に出なかったこともありますが…

その確かな取材力や視聴者からの好感度もあってか、フリーアナウンサーになった翌年2001年には復活し、以後13年間毎年出演していました。

年に一時期しかない番組なのに「【熱闘甲子園】といえば長島三奈」っていわれるって、相当好印象じゃないといわれないことですよね。

しかも、高校野球ファンには大変熱心な方もみえるので、取材のクオリティや真剣さが伝わらないと批判されかねません。

高校野球を「男の世界」とみていれば、そこに女性が入っていくことを嫌う人もいるでしょうしね…

長島三奈さんの凄いところは、そういった熱狂的ファン層にも支持されるというか、認められていることだと思います!!

スポンサードリンク

長島三奈が【熱闘甲子園】を卒業・降板した理由は?

【熱闘甲子園】の定番キャスターとして愛され、毎年のように復活の声が聞かれるほど人気のあった長島三奈さん。

2013年に【熱闘甲子園】卒業してしまった、あるいは降板してしまった理由って何だったんでしょうね?

よくいわれている理由に「活舌が悪いから」といったものがあったのですが、これは『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権』の影響で噂されているだけでした。

芸人の古賀シュウさんが、長島三奈さんの滑舌の悪さをモノマネしたものなのですが、めっちゃデフォルメされていて完全にネタww

「【熱闘甲子園】に長島三奈さんが出演した際には、このモノマネがよぎってしまう」という方も多く、不評というよりむしろ「長島三奈の活舌の悪さも楽しみ」という意見もあったほど。

活舌の悪さが降板の理由にはならないんじゃないかと思います。

そして理由としてもう一つ噂されているのが、家族のこと。

2004年3月に父親・長嶋茂雄氏が脳梗塞で倒れ、その看病や看護も担ってきた長島三奈さん。

それだけではなく、母・亜希子さんが亡くなってからは個人事務所『株式会社オフィスエヌ』の社長も務めてきました。

そして、卒業した2013年時長島三奈さんは45歳…体力的にハードだったのではないかとの推測がされています。

元々、高校野球への愛が強いという長島三奈さんは【熱闘甲子園】でキャスターをしていた頃、ノートがびっしりと文字で埋まるほど熱心に取材をしていました。

放送するかなり前から選手たちの元へ赴いていたということで、性格としても真面目なのだと思います。

そのため、いくら人気があっても、【熱闘甲子園】に従来通り100%のパワーで向かっていけない自分をゆるさなかったんじゃないでしょうか。

一夜限りの復活ではありますが【熱闘甲子園】のエンディングで

「熱闘甲子園 また来年お会いしましょう」

の名フレーズを聞けたら素敵ですね。

スポンサードリンク